週刊アクセス
 
 
平成19年7月18日 第375号
 
     
  今週のヘッドライン  
 
最高裁 建物が人を危険にさらすなら、これを作った人の責任だ
 
     
最高裁 建物が人を危険にさらすなら、これを作った人の責任だ
  (最高裁二小 H19.7.6判決)  
   最高裁二小平成19年7月6日・平成17(受)702・損害賠償請求事件は、「建築士の専門家責任」について、以下のような判示をした。

『…建物は、そこに居住する者、そこで働く者、そこを訪問する者等の様々な者によって利用されるとともに、当該建物の周辺には他の建物や道路等が存在しているから、建物は、これらの建物利用者や隣人、通行人等(以下、併せて「居住者等」という。)の生命、身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならず、このような安全性は、建物としての基本的な安全性というべきである。そうすると、建物の建築に携わる設計者、施工者及び工事監理者(以下、併せて「設計・施工者等」という。)は、建物の建築に当たり、契約関係にない居住者等に対する関係でも、当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うと解するのが相当である。そして、設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者等の生命、身体又は財産が侵害された場合には、設計・施工者等は、不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り、これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきである。居住者等が当該建物の建築主からその譲渡を受けた者であっても異なるところはない。』


いわせてんか! この最高裁判決は、建物の瑕疵について非常に広範な不法行為による損害賠償責任を認めた。具体的に「建築士」の名は上がっていないが、設計者及び工事監理者として、当事者に含まれる。損害の程度がいかほどになるか、その原因責任の比率が関係者間でどうなるのかは、差戻された高裁の判断となる。
 これまで最高裁は、国家資格者などの認知された専門家(排他的独占業務を持つ者)の責任(注意義務)は高度であるとしながらも、規制法規の範囲内での法的責務・義務に留まり、これとのかかわりでいわゆる「強度の違法性」というメルクマールを持っていた。しかし今回は、関わる人々全ての“安全性”(建築基準法の基礎概念である)を基準とし、危険であるなら責任があるとした。出発点・見方を180度変えたのだ。作った人の遵法ではなく、被害を受ける“人”を第一とした。
 これは、昨年以来の耐震偽装問題が色濃く反映していると思われる。連休の地震ではないが、震度5で倒壊するというマンションに、ひとときも住めまい。「居住者等の生命、身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性」を軸に、これがなければ作った人の責任とするのは、国民感情からも常識論からも、わかりやすい。
 専門家の責任がどこまでか、の議論は当コラムでもたびたび扱っているが、この判決以降、「被害者の結果に対する責任」という視点が大きくクローズアップされる可能性を禁じえない。専門家がサービスを提供する時、目の前の依頼者だけでなく、その後に控える関係者や国民の顔を浮かべながら仕事をするよう心がけねばならなくなってきた。

 
 
 
 
 ※「いわせてんか」は、(株)アクセス鑑定の統一見解ではなく、執筆担当者の私見にすぎません。

  ―平成19年7月18日号・完―  
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自然の猛威を実感する週でした。
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