週刊アクセス
 
 
平成24年11月21日 第644号
 
     
  今週のヘッドライン  
  直近合意賃料を判定する際の留意点
 −とにかく、賃貸借契約の全期間を分析しないとわからない
 
     
直近合意賃料を判定する際の留意点
 −とにかく、賃貸借契約の全期間を分析しないとわからない

  (H20.2.29最高裁第一小法廷判決)  
   
「賃料増減額請求の当否及び相当賃料額は、直近合意賃料※が合意された日から賃料増減額請求の日までの間の経済事情の変動等を考慮して判断されなければならない。」

※「直近合意賃料」 … 賃貸借契約の当事者が現実に合意した賃料のうち直近のもの

平成20年02月29日最高裁一小判決
【賃料減額確認請求本訴、同反訴事件】(平成18(受)192)
(破棄差戻し)


いわせてんか!  以前『賃料を「現実に合意した」とは、どんな要件を必要とするのか?』(H24.2.15 No.614)で取り上げた「直近合意賃料」。改めて、これを打ち出した最高裁判例を読んでみよう。

 最高裁は、借地借家法11条・32条所定の要件の判定時には、「直近合意賃料が合意された日から賃料増減額請求の日までの間の経済事情の変動を考慮」せよ、という。この変動、すなわち、賃貸借契約の当事者が契約締結もしくは現実に合意した時点における「基礎となる事情」が、価格時点までの間にどの程度変動したか(非常に大きな変動であることが必要か?)と、契約条件(契約賃料額を含む、現実に合意した契約内容)のうち重要な要素である「賃料額決定要素」を天秤に掛けて、「賃料増減額請求の当否及び相当賃料額の判断」の根拠とすることを要求する。(賃料増減額に関するリーディング最高裁H15.10.21判決)
 「直近合意賃料を定めた時点」が前であればあるほど、賃料相場の変動を中心とする経済変動が大きくなり、反対であれば逆の結果となる可能性がある。いつの時点を「直近合意賃料を定めた時点」と判定するかは、賃料の増減額が法律上できるか否か、できるとすればいくらになるかに大きく影響するのである

   まず、継続賃料の不動産鑑定評価で、この「直近合意賃料」とかかわりがある賃料は以下の1及び2であり、各々が定められた時点も2つあり、ここに「直近合意賃料」を加えると、合計3つの賃料概念と設定時点が出てくることになる。

    (賃料概念)  −  (設定時点)
  1 当初契約賃料  −  当初契約時点
  2 現行賃料    −  現行賃料を定めた時点
  3 直近合意賃料  −  直近合意賃料を定めた時点

(1) 現行賃料が当初契約賃料のまま変わっていない場合は、「1=2=3」となる。
(2) また、当初契約賃料が改定され、現行賃料と直近合意賃料が同じ場合(今までよくあった、今の賃料を決めた時点が「現実に合意」した時点)は、「1≠2=3」である。
(3) 逆に、例えば、当初契約賃料が改定されるものの、それはサブリースの「自動改定特約」が合意された結果であって、自動改定後の契約賃料は自動改定時点の当事者の合意にあらず、「現実に合意」した時点は当初契約時点だ、などという場合は、「1=3≠2」となり、鑑定士には違和感が多いだろう。本最高裁H20.2.29の事案がこれにあたり、原審が3回目の自動増額時点における契約賃料(=現行賃料)から賃料減額時点(=価格時点)までの経済事情等の変動を考慮したこと(結果、その間の経済事情の変動がないことから、賃料減額請求の当否を“否”とした)は違法であり、考慮始期である「直近合意賃料」はあくまで、「当初契約賃料」であると断じた。
(4) さらに、当初契約賃料が改定され、その後の改定時点における賃料が「現実に合意」したものと判定され、それが現行賃料と異なる場合(改定時点で「自動改定特約」を増設した場合など)は、「1≠2≠3」となる。

 なお、鑑定評価基準上は、1及び3の賃料及び時点は定義されていない。この最高裁が出る前の基準なので、当然といえば当然である。それどころか、平成2年が継続賃料に関する鑑定基準の最終改定時点(!)なので、「契約を考慮せよ」と指示する、前記平成15年のリーディング最高裁ですら反映されていないのである。「契約」や「合意」、継続的な契約関係という時系列概念が十分に記載、整理されていない中で、鑑定士は継続賃料の鑑定評価を実施しているのが現状だ。

 さて、鑑定基準がこんな状態の中、実務的に「直近合意賃料」を判定する手順とその留意点はなにか?
 とにかく、本件賃貸借契約の全期間(場合によっては、これを締結する以前の準備段階から)の契約事情とその経緯を分析することである。そして、分析しなければならない時点は、最低で2時点(1と価格時点)、最高で4時点(1、2、3と価格時点)となる。
 具体的には、鑑定評価の手順として、各々の時点の一般的要因・地域(市場)要因・個別的要因の要因分析、及び、本件賃貸借契約の契約内容及びその改定経緯並びにその背景事情(締結・設置経緯及び事情)の確認をしなければならない。当然、1が非常に古い場合や、依頼者が資料を紛失した場合(故意の可能性もある)などは、事実上確認できず「不明事項」となるかもしれないが、調査・収集・分析した事実を記載することで鑑定評価は可能となり、実施鑑定士の免責事項も確定する。
 そして「直近合意賃料」が判定できれば、「直近合意賃料を定めた時点」から「価格時点」までの経済事情の変動等を、2時点間の公表経済指標や各種相場によって検証すればよい。またこの各時点における標準性と個別契約内容とのかい離が、契約当事者の合意事項及びその特殊性を浮き彫りにし、契約拘束性、修正の可能性や幅を判断する根拠となる。
 なお、前回はその判定要件を、“お互いが、将来の経済事情等の予測に基づいて、思惑をぶつけて交渉した”か否かと考えた。さらに付け加えるなら、“賃貸借契約の両当事者が、お互いの将来の収支予測に基づいて、当該収支の変動リスクを自ら引き受けた”か否かが有効ではないか?

 鑑定士にとっては、賃貸借契約内容の確認・分析や賃料額決定要素の判定も、「直近合意賃料」の判定も、従来の鑑定慣行からすれば馴染みのないものであるが、最高裁によって継続賃料の判断要素として取り上げられ、紛争当事者の納得のためにも必要不可欠であると考えられることから、きちんと鑑定評価の手順として組み入れ、鑑定書に記載しなければならないだろう。

 
 
 
 
 ※「いわせてんか」は、(株)アクセス鑑定の統一見解ではなく、執筆担当者の私見にすぎません。

  ―平成24年11月21日号・完―  
 戻る  
     
 
アクセス鑑定『今日のおやつ
信州おみやげ。「白い針葉樹」←え?あれ?
信州おみやげ。「白い針葉樹」←え?あれ?