週刊アクセス
 
 
平成25年11月20日 第682号
 
     
  今週のヘッドライン  
  直近合意賃料、再び
 − 「現実に合意」「相応の交渉を経た上の合意」かどうかを証拠立てる
 
     
直近合意賃料、再び
 − 「現実に合意」「相応の交渉を経た上の合意」かどうかを証拠立てる

  (最高裁H20.2.29、H25.3.28)  
  平成20年02月29日最高裁一小判決【賃料減額確認請求本訴,同反訴事件】
 (平成18(受)192)(破棄差戻し)

 賃貸借契約の当事者が現実に合意した賃料のうち直近のもの(以下,この賃料を「直近合意賃料」という。)(下線は筆者。以下同様。)  

 本件自動増額特約によって増額された純賃料は,本件賃貸契約締結時における将来の経済事情等の予測に基づくものであり,自動増額時の経済事情等の下での相当な純賃料として当事者が現実に合意したものではないから,本件各減額請求の当否及び相当純賃料の額を判断する際の基準となる直近合意賃料と認めることはできない。

平成25年03月28日最高裁一小判決【損害賠償等請求住民訴訟事件】
 (平成23(行ヒ)452)(破棄差戻し)

 地方公共団体の長がその代表者として一定の額の賃料を支払うことを約して不動産を賃借する契約を締結すること…は,当該不動産を賃借する目的やその必要性契約の締結に至る経緯契約の内容に影響を及ぼす社会的,経済的要因その他の諸般の事情を総合考慮した合理的な裁量に委ねられて(いる)

 相応の交渉を経て本件賃貸借契約を締結するに至った経緯それ自体が不当なものであったとはいえ(ない)

 賃貸借契約に定められた賃料の額(は)当事者間で相応の交渉を経た上で合意されたものであ(る)


いわせてんか!  週刊が月刊になりつつある本コラムである。
 再び、賃料増減額紛争における判例の解釈である。

 先日、大阪の不動産鑑定士協会で上記引用の最高裁に関する研修会があった。そこで「直近合意賃料」が取り上げられたが、その概念は未だ抽象的であり、実際にどの契約賃料がそれと判断できるのか、判然としない。
 また一方で、裁判の現場で最高裁のこの判示事項が浸透しつつあるようだ。ある鑑定士さんから、訴訟担当の弁護士から「直近合意賃料はどれか?」という質問があったと聞いた。最高裁の事例では、自動増額特約が規定された賃貸借契約においては、増額後の契約賃料ではなく、契約当初の契約賃料がそれにあたるとしている。鑑定慣行では、現行賃料(今の賃料)を定めた時点の契約賃料をベースに鑑定手法を適用する。
 最高裁がいうには、「借地借家法32条1項の規定…に基づく賃料減額請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たって」「…直近合意賃料である本件賃貸借契約締結時の純賃料を基にして,同純賃料が合意された日から本件各減額請求の日までの間の経済事情の変動等を考慮して判断されなければなら(ない)」。
 本ケースでは、鑑定慣行の「現行賃料」は自動増額後の契約賃料であり、原審ではこの期間(直近自動増額時点〜賃料減額確認時点)で「賃料減額請求の当否及び相当賃料額を判断」したのだが、最高裁で否定されたのだ。いわば、現行の鑑定評価基準による鑑定慣行では、最高裁の指示に従えない状況が生じた。
 先に書いた鑑定士の相談事例でも、どの時点の契約賃料を、経済事情の変動の考慮期間の始期とするかで、法32条1項の賃料減額ができるか否か(請求の当否)の判断が分かれる案件だったという。結果として、その鑑定士さんは「直近合意賃料」を明確に回答できなかったそうで、鑑定を受注できなかったという。

 さあ、どうするか?
 現時点で上記2最高裁判例しか判断基準はない。そうすると、これを素直に読んで、解釈するしかなかろう。  「現実に合意」したか否か? その具体的現実性判断要素は、当事者が契約賃料合意時点で「将来の経済事情等の予測に基づ」いていたか否かである。
 また、その契約賃料が「相応の交渉を経て本件賃貸借契約を締結するに至った経緯」があり、結果として「相応の交渉を経た上で合意」されたものであると判断しうる場合には、「現実に合意」したと推認できるだろう。

 十分な交渉には、当然ながら現在及び将来の経済事情の予測、これに伴うリスク想定を含んでいるだろうから、賃貸借契約の当事者双方から、リスク負担についての要望が出され、具体的な契約条項や覚書などで明文化などしながら、契約賃料の額や賃料改定条件などを合意していくはずである。具体的には、家主なら賃料相場の変動リスク、借主、例えば事業者なら、売上の変動リスク(結果として、賃料支払限度額の変動リスク)を十分に判断して交渉を進めていくはずである。当然、その時点におけるお互いの目的や必要性、緊急性(貸急ぎ、借り進み)、社会的経済的事情などを原因として「借りてほしい」「貸してほしい」という力関係はあるのだから、対等な条件で契約が決まるわけではない。しかし、十分な交渉を経た上なら、不平等も納得ずくの「現実の」合意なのだろうから、その約束は守らないといけない。そうすると、「リスクの読みが外れた」「不平等に決められた」といって、借地借家法に頼って賃料増減額をするのは信義に反するだろう。

 最高裁は、現行の借地借家法の枠組みの中で、こんな時代に合わせて、極力契約を重視する方向に転換しているのだと感じる。だから、「賃料増減額請求の当否」という関門を新たに設け、当事者が重視した「賃料額決定要素」をその判断基準とした。また、「合意」という契約の根幹を特に重視することで、経済事情の変動という社会的、経済的要因よりも契約当事者の約束事を大事にしたのだろう。
 これは、H25.3.28の「契約の内容に影響を及ぼす社会的,経済的要因」に象徴的だ。これまでの賃料増減額訴訟で真っ先に主張されてきた「近傍類似の賃料」との比較や一般的な経済指標の変動における不相当性(これが、現借地借家法の所定事項である。)ではなく、本件賃貸借契約の当事者が影響を受けた社会的、経済的要因の変動のみを見る、という態度に変わっている。たとえば、賃料相場が賃料額決定要素であった場合に初めて、この変動をみるのである。家主が投下資本利回りを、借主が売上予測を重視して交渉したのなら、賃料相場や一般経済指標は(横目でみることはあっても)、賃料額決定の重要な要素ではない。(両当事者にとっては、本件賃貸借契約において、賃料相場など“知ったことではない”。)

 2つの最高裁が示す「直近合意賃料」は、契約賃料のうち、相応の交渉を経た上で現実に合意された直近のものである。その判断には、相応の交渉を経て本件賃貸借契約を締結するに至った経緯を分析し、当事者双方が将来の経済事情等の予測に基づいていたか否かを判断する必要があろう。

 
 
 
 
 ※「いわせてんか」は、(株)アクセス鑑定の統一見解ではなく、執筆担当者の私見にすぎません。

  ―平成25年11月20日号・完―  
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