特集4

「鑑定評価の新潮流−いま鑑定士に求められているもの」
〜第18回不動産鑑定シンポジウムに参加して

不動産鑑定士 松 永  明

 
 大阪では長く続いた記録的な残暑がようやく終わり、秋の気配が感じられるころとなった9月28日・29日の二日間、福井市で行われた不動産鑑定シンポジウムには、180名以上の参加があり、地元の新聞も取り上げ、また研修規程に基づく6単位認定の特別研修であることもあって、地方都市ではこれまでにない活気のある集まりであった。
 初日は、明海大学不動産学部教授 田中一行氏による「不動産の価格とは何か−経済学者の観点から」と題して基調講演に始まり、その後個別研究発表として「土壌・地下水汚染問題と鑑定評価」「前面道路の方位格差率に関する研究」「固定資産標準宅地の価格」について講演があり、その後、それぞれについて質疑応答があって初日が終わった。
 2日目は株式会社大和銀総合研究所の高瀬博司氏による「最近の鑑定評価に求められている価格」と題する基調講演に続き、パネルディスカッション「鑑定評価の新潮流−いま鑑定士に求められているもの」として昼を挟んで、会場参加者を交えて議論された。
 個々の内容については、別の機会で紹介されると思うので、2日間を通して印象に残ったものをキーワードで述べたい。


1.情報の非対称性

 初日の基調講演の中で、田中一行氏は次のように述べられている。

 「情報の非対称性とは、売り手(又は貸し手)と買い手(又は借り手)の間に所有する情報における対等な関係がないことを言い、これにより弊害がおこる。
 この効果として例えば逆選択がおこる。たとえば、瑕疵を隠して売る一方でその瑕疵を知らないで買う。その結果、手抜きが一般化されるというもので、良い質の財が減って質の悪い財が選択される。さらに、情報に関して優位に立つ者の行動パターンを劣位の者が完全に掌握しきれず影響を受ける場合におこる現象、すなわち"モラルハザード"が生じる。賃貸借関係等でよく見受けられる。
 これらの非対称性を克服する契機として、デューディリジェンス、国際会計基準の導入、不動産の小口化・証券化を行って、不動産市場の大衆化をはかることが必要で、鑑定評価の情報開示においても条件付予想としての鑑定評価や区間予想としての鑑定評価を行う必要がある。」

 我々不動産鑑定士は、鑑定評価を行うにあたっては、情報の非対称性があることを踏まえて、対象不動産の確認、定性・定量分析等が情報公開に対応できる内容であることはもちろんのこと、専門職業家としての説明責任を負う立場であることをさらに自覚していくべきであろう。


2.平準化から個別化へ

 高瀬博司氏は「不動産の価格は買い手が決める時代に入り、昨今の経済変化が収益還元法を変えた。」といっておられた。
 このことは、少なくとも2つの事を示唆していると思われる。
 1つは、収益還元法の具体的な算式は、今後とも時代とともに変遷し、鑑定士の頭を悩ませるであろうより精度の高い有期還元と無期還元のハイブリッド型の方式が生み出されていくことになるのかと。原価法や取引事例比較法はほぼ確立された手法であるが、収益還元法は、まだまだ発展途上にあり、金融論をはじめとした投資分析を習熟していくことと併せて、投資利回り等の実態調査を行って、最終的には十分に信頼域にある収益価格を求めていくことが必要となる。
 今一つは、純収益の前提を平準化から個別対応で把握していく方向であると。
 対象不動産の純収益を直接的に求める場合は、標準化された適正な純収益を求めるべきで、一定の趨勢がある場合は平準化せよと鑑定評価基準には書かれている。しかし、無期還元では平準化する必要があるが、もはや将来のキャピタルゲインを得るために投資用不動産を購入するという考え方は投資家の意識にはなく、有期の現金収支基準に起因するため、予測の範囲内は、純収益ではなく純収入となる。これがDCF法の導入であろう。
 余談だが、算式は多少見慣れてはきたものの、やや食傷ぎみである。


3.サブマーケット

 パネリストの杉浦綾子氏は、市場分析と価格概念について、欧米の鑑定評価の紹介を通してのお話であった。その中で、次のような下りがあった。

「わが国では、価格という用語で説明される概念でも欧米では、value、worth、price等様々な用語がある。valueは、market-valueとかuse-value、investment-valueというように、個人的・主観的価値判断として用いられ、priceは、ある特定の売主・買主が、ある特定の状況下で認めた財・サービスの相対的な価値を示すもの、あるいは同意した金額である。」

 鑑定評価では、原則としてmarket-valueとしてのpriceを求めることとなるようである。最近では、investment-valueが脚光を浴びており、多少混乱が生じていると思う。
 ところで、注目した点は、「サブマーケット」なる概念である。同氏の訳では、「特定の種類の物件に対して形成される市場を、さらに用途別・市場参加者別等に応じて細分化した部分市場をいう。つまり、対象不動産と直接競合する不動産の地理的・用途的範囲を意味し、同一需給圏内の類似地域を包括する概念」とある。
 地域分析・個別分析も必要な分析ではあるが、不動産市場を細分化した市場分析をもっと重視すべきと思う。
 これに関して、ふと、(社)大阪府不動産鑑定士協会平成10年3月発刊の「小規模複合不動産の価格形成要因の分析」の結論部分を思い出した。そこでは、「ミニ住宅の取引事例価格と公示価格との開差(平均で約25%)が、「買進み」と簡単に割り切れるものではなく、地価公示地が意図する近隣地域及び類似地域と、ミニ住宅地の価格が牽連する地域が重複しており、『両地域の格差=地域要因格差』がその大きな要素ではないか」と結論付け、やや強引なまとめ方を行ったが、「ザブマーケット」なる概念により、整合性が取れているのかと少し安心した。
 確かに、「一般住宅、共同住宅の外、店舗等が見受けられる住商混在地域」と地域分析をしても、一般住宅、共同住宅、店舗を取得する市場人はそれぞれ異なっており、単に地域的な不動産市場のみならず、細分化された個別不動産の需要者が意図する市場価値を把握する上でも、サブマーケット分析はその重要性を増すであろうと思う。


4.価格概念


 久しぶりに正常価格概念について議論が交わされた。でもやはりというか、結論には至っていない。正常価格は、点でないことは確かだが、幅があることにより、野球審判のようにストライクゾーンがあり、ブレが生じることとなる。さらに、最近では特定価格が幅をきかし、理論派の鑑定士でも十分すみ分けができない状況である。
 そこで、次の評価において求めるべき価格の種類は正常価格か特定価格か尋ねたい。

@ 担保不動産の設定時における価格
A 担保不動産の処分時における価格
B 不良債権担保不動産(デフォルト)の価格
C 不良債権担保不動産(非デフォルト)の売却価格
D 不良債権担保不動産(非デフォルト)の担保価格
E SPCで申込証の記載事項の調査時における価格
F SPCの譲渡時における価格
G 民事再生の処分価格
H 強制評価減における価格
I 競売評価における価格
J 公共事業用地買収における価格

 以上をすべて的確に応えられる鑑定士は少ないであろう。
 正常価格論を曖昧のままに放置している間に、正常価格と最近急激な社会変化に台頭してきた特定価格との差異は、オープンマーケット価格とノンマーケット価格の相違だと教えられても、社会ニーズはこれらについて無関心であるためか、鑑定士が即時的に場合分けすることを要求される。
 結局のところ、現段階ではその依頼目的条件下における適正な価格を求めることに専念するしかないのかもしれない。現行の鑑定評価基準の枠内では結論はでないであろう。
 ところで、上記の内でJ公共事業用地買収における価格は、正常価格であると答えた人は多いと思うが、民間依頼の鑑定評価でその買収事例を事情補正せず取引事例比較法に適用している鑑定士はどれくらいいるであろうか。
 パネラーの林逸男氏は、「公共用地買収市場の特徴は、早期売却市場の対極としての早期買収市場」と述べ、依頼目的が「補償」である案件の適正価格とは何かを問うておられた。
 その話しの中で、「その町には縁のない高速道路用地のため、余り経済効果のない河川改修のため、ダム水没予定地の買収価格、一方で経済効果のある都道府県道・市町村道のための買収価格等、これらは、いずれも補償をふまえた土地の評価であるが、正常価格であるとされてきた。
 しかし、地元の人の思いが影響し、それぞれについて微妙に価格差があるのが現実。如何に考えるか」と。
 一種タブーな部分に踏み込んで、悩んでおられる鑑定士も多いことだろう。


5.呪われた土地

 土壌汚染と鑑定評価についても、個別研究発表の場であったが、我々鑑定士がもはや避けて通れない時代となってきた。
 水、空気、土地は、人間にとってかけがえのない自然物であるが、これまで人類の営みにより、水質汚濁、大気汚染、土壌汚染をもたらした。水質汚染については、下水道の整備や浄化を行い、大気汚染については、排ガス規制や防止措置を行ってきたが、この2つは、いずれも公共と個人という構図により、公害対策や裁判等により今日一定の改善がみられた。
 しかし、土壌汚染は、土地に私有財産権があるため、個人間取引により人目に触れないところで、深く静かに進行している。
 ところで、アメリカでは、土壌汚染が発覚し、取引出来なくなった土地や人々から嫌われて利用されなくなった土地を「stigmaのある土地(呪われた土地)」と言う。
 こういう土地の資産価値は時として負の財産となることがある。特に大規模工場用地をもつ企業にとっては、土地の流動化にあたっては大変重荷になる。浄化修復リスク・資金調達リスク・イメージリスク・損害賠償責任リスク・事業リスク等のいわゆる環境リスクのため、大損失を被るおそれがあるからである。
 これからは鑑定評価において、単に「土壌汚染がないものとして」という条件では逃げきれなくなるであろうと痛感した。
 鑑定士は、正義感で評価するものではないが、土壌汚染に敏感になって呪われた土地の評価のあり方や有効利用を本気になって考える時代がやってきたのではないか。


6.方位

 新潟県部会の方が、過去3年間の取引事例を収集して、統計解析によって前面道路の方位格差率に関する分析を行って、その結果を発表された。
 結果は、やはりというか統計処理の困難性によりかならずしも予期した数値にはなっていなかったようである。
 この方位については、北海道から沖縄まで好まれる方位とその格差はまちまちであろう。名古屋の方の発言で開発団地で接面街路が南と北で20%の差を付けても未だに北は売れていないという話しがあった。北海道では、東より西が良いとされる。
 地価公示地をはじめ、国税路線価、市町村固定資産税評価等について、方位個性率の精度を高めても、全体地価の地域間バランスの精度を高めるとは思えないのである。このことは、富山県部会の発表者も路線価で不均衡を実証されていた。


7.福井を後にして


 以上のほかにも、基調講演者、パネラー、個別発表者、当シンポジウム参加者の様々な意見や提言を拝聴した。
 今回、私自身、初参加で2日間も正直大変だなと思ったが、シンポジウムの内容が東京都心3区と地方の鑑定評価に対する姿勢が浮き彫りにされ、少し安心(?)したり、初日、夜の懇親会や2次会での交流、早朝の市内散歩で旅情がちょっぴり味わえてなかなか有意義であったように思う。
 このシンポジウムに参加することで、毎年違った所へ行ける楽しみも増えるのでこれからも、時間の許す限り参加しようと思います。皆さんも是非一度は参加されるといいと思います。

以上
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