⑧大阪・関西万博、不動産鑑定士の目線による課題と期待

◎公益社団法人大阪府不動産鑑定士協会発刊の機関誌「鑑定おおさか第54号」に寄稿したものを掲載します。(2020.1.20作成)

1.はじめに
1970年の大阪万国博覧会(以下、‘70万博と称す)の時、私は中学3年生であった。大阪万博が開催されることは、当時の自分としては世界の人々や文化・産業に触れる数少ない手段で心弾ませ、半年間に5,6回行き日本館をはじめ、いろんな国や企業テーマ館等のパビリオンへ長蛇の列を辛抱強く待ちながら見学した記憶がある。それまで外国人を見る機会はほとんどなく、展示物もその多くが近未来のモノ・映像・サービスが目白押し、中でもアポロ11号で採取した“月の石”が展示してあるアメリカ館には心躍らせたものでした。
その6年前の1964年東京オリンピック開催を前にして、我が家では白黒テレビからカラーテレビ(ただし、番組では当時カラー放送は一部)に買え換えたような時代であった。
そして、万博閉幕後の日本では、団塊世代が徐々に家庭を持つようになり高度成長を享受し、3Cと称せられる自家用車、クーラー、カラーTVを買うことが豊かさの証しと信じられ、その後の大量生産・大量消費のきっかけとなっていきました。
また昭和40年代は、年功序列・終身雇用制度に裏打ちされ、企業戦士となり“オーモウレツ!”という広告文句に代表されるように世界に冠たる高度成長を成し遂げ、不動産価値も土地神話によって右肩上がりの上昇を続けていく一方で、イタイイタイ病・水俣病・光化学スモッグ等、大気汚染や水質汚染といった公害問題の解決という社会的役割も国の政策課題となっていた。
したがって、‘70万博は、「人類の進歩と調和」というテーマも今思えばなるほどと納得させられる。
その後、バブル経済(1985-1990)とその崩壊(1991~)、阪神淡路大震災・地下鉄サリン事件(1995)等を経て戦後50年経過して“価値逆転潮流時代”の到来となった。土地神話から安心・安全の崩壊へ、年功序列・終身雇用から起業家精神へ、大量一律から少量多品種、“モノ”から“ココロ”の時代へと大きく舵を切っていった。
そして、平成の時代は、ゴンピューターの発達により、IT化・AI化といったネット社会が形成され、今や我々の生活にどっしりと根を下ろしている。
今、人類の課題は、SDGs(持続可能な開発目標)と称して、2030年までに取り組んでいく持続可能な開発のための17のグローバル目標と169のターゲットからなる、国連の開発目標が示されている
それを受けて、2025年大阪万博(以下、‘25万博と称す)のテーマは、「いのち輝く未来社会のデザイン」と決まった。開催時に古希を迎える私としては、将来の夢を描いていた10代の頃に見たEXPO‘70と、間もなく終活を考える頃となる’25大阪万博をどのように注目すればいいのか、鑑定士目線でその課題と期待を述べたいと思います。

2.大阪・関西万博の概要
ここでは、大阪府政策企画部万博協力室・事業調整担当課長 時岡 貢氏のご協力を得て、同氏の「大阪・関西万博の開催に向けた取組み」に関する講演資料をもとに説明します。
万博の推移は、世界中の人々が参加する国家プロジェクトで20世紀までは、「国威発揚型」であったが、21世紀からは「理念提唱型」となっていく。
国際博覧会条約に基づき、2種類(登録と認定)の国際博覧会が開催され、日本に当てはめると以下の表となる。


 


テーマは、「いのち輝く未来社会のデザイン」、サブテーマとして、
① いのちを救う Saving Lives
② いのちに力を与える Empowering Lives
③ いのちをつなぐ Connecting Lives
そして、コンセプトは未来社会の実験場としている。まさしく、国威発揚から理念提唱へ明確な意思表示が垣間見られる。
正式名称は、「2025年日本国際博覧会」、略称は、大阪・関西万博である。ちなみに英語では、
“EXPO2025、OSAKA,KANSAI,JAPAN”で、開催期間は2025年4月13日~10月13日の184日間である。
場所は、夢洲の内、約155haで、入場者数2800万人、会場建設費1250億円、運営費820億円を見込んでいる。

万博開催の意義については、次の3点を挙げている。
① 万博が持つ、「圧倒的な求心力・発信力」「世界との出会いによる人の交流促進」により、イノベーションを巻き起こし、日本経済を活性化。
② 万博には世界中の叡智が結集。人類共通の課題の解決を提示。大阪・関西・日本発の技術や取組みが世界の健康長寿など様々な課題解決に貢献。SDGs達成にも寄与。
③ 経済波及効果は約2兆円にのぼる。2020年東京オリンピック・パラリンピック後の大阪・関西・日本の成長を牽引する起爆剤に。
とある。キーワードは「SDGs」である。

 



経済波及効果2兆円の内訳として、会場建設による投資、企業の出展などの運営費に加えて、交通、宿泊、飲食、買い物などの消費支出などが相まって、全国で約2兆円と試算されている。さらに、万博のコンセプト等に関わる分野での市場の伸長や企業の投資、会場外、開催期間前後の消費需要拡大、関連する大規模イベント開催等の間接的な誘発をもたらすと目論んでいる。

3. “2匹目のどじょう”はいるのか?
ここからは、筆者の私見を前提として鑑定士の目線で述べていきます。
(1)経済白書(昭和30)には、「もはや戦後は終わった」とばかり、これからの日本の経済は発展の一途と称し、池田内閣では「所得倍増計画」を断行、原材料を安く輸入して、当時欧米と比べて賃金の安い日本の労働力で加工・製造し、外貨を稼ぎ、その金で国内の高速道路網・鉄道・その他ライフラインを整備し、1960年代は、高度経済成長期を迎えた。
いわゆる団塊世代(昭和22~24生まれ)が働き手の中心となり、地方から、東京・大阪等の大都市圏へ職を求めて大移動が始まった結果、住宅不足により、間借り・借家・借地・共同住宅が増え、それでも追いつかない住宅需要の逼迫により、郊外へのスプロール現象や大規模ニュータウンの開発が私鉄沿線の延伸に伴って奥へ奥へと進んでいく。‘70万博はまさにその最中の開催であった。
当時の用地評価を担当された鑑定士によれば、千里山の竹やぶや田畑は、周辺相場の3倍以上で国道423号(新御堂筋)延伸のための用地買収が行われ、買収価格に批判もあったが、そうでなければ‘70万博開催に間に合わなかったという。当時は、土地収用も行われず、突貫の用地買収・道路延伸工事を経て間に合わせたと聞いている。
余談であるが鑑定評価に関する法律が1963年に制定され、1969年には地価公示法が制定し、そのため翌年、特例試験を導入して不動産鑑定士の資格者数を急激に増やした時期で、公的評価の代表としての公示価格と、右肩上がりが止まらない実勢価格との乖差が大きい地価公示制度の船出となった。
そして、万博開催までに、新御堂筋が梅新から国道171号線(約16㎞区間)、北急行電鉄万博線(万博線は万博閉幕後廃止され千里中央駅止まり、廃止線跡は中国縦貫道として現在に至る)、中央環状線などが開通し、併せて千里ニュータウンや箕面市船場の繊維団地が加速度的に開発・建設され、大阪北摂の経済基盤としての骨格が出来上がった。
周辺地価は、ご承知の通りその後バブル崩壊まで、右肩上がりが続く。
1964年の東京オリンピック、1970年の大阪万博という世界のイベントを経て日本は、先進国へ仲間入りし、高度経済成長が続き、地価上昇も続いたことは、これらのイベントがなくてもそう変わらなかったかもしれないが、国威発揚、先進国に追いつけ追い越せのモチベーションとしては十分な効果があったことは事実であろう。
(2)さて、来るべき‘25大阪・関西万博に向けて、大阪経済は再び活性化していくのかが、経済人の関心事である。アベノミクス効果で大企業を中心に収益が安定ないし増益し、デフレからようやく脱却し、地価も平成20年のリーマンショックの落ち込みから、東京や大都市圏を中心に平成25年以降横ばいから上昇傾向となり、2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催と、なんとなく1960年代と似た動きとなっている。はたして2匹目のどじょうは得られるのかについて考えてみる。
そこで、まず基礎的価格形成要因として、人口動態を比べてみる。
下図は、人口における年齢構成の推移を表したもので、1970年と2025年とを比較すると、一目瞭然で生産労働人口の割合が大きく異なり、1970年からすでに少子高齢化は進みつつあり、人口こそ増えたものの、高齢化率は7.1%→33%台、少子化は、23.9%→11%程度、従属人口指数は44.9%→70%台と予測され、労働力の活力の差が大きいことがわかる。(下図は、国土交通省作成資料より引用)


また、1970年と2025年の人口ピラミッドを比較すれば、団塊世代が働き手の中心から、高齢者世代に属し、人手不足による生産性の低下、その代替としてAI化へのさらなるシフトが必然となってくる。(下図は、国立社会保障・人口問題研究所HPより引用)

 



近年いわれている地価の2極化は、この人口構成と強い相関性があり、寸胴型あるいは釣り鐘型の住宅地価動向は安定的で堅調に推移し、西洋式棺桶型ないし逆三角形型のそれは地価下落が止まらないことが分かっている。大阪中心5区や、阪神間、北摂の優良住宅地は前者であり、限界集落や遠隔地のいわゆる“オールド”ニュータウンは後者の代表格である。
地方から大都市へ労働人口が増えていた1960~70年代の国際イベントの意義と近時の都心回帰による2極化現象が定着した時代とは同等には扱えないであろう。
(3)ここまでの話では、‘25万博をめぐる経済成長・地価の堅調な動きは望めない論調となったが、‘70万博と大きく異なる点は、関西空港及び神戸空港が開港し、中でもインバウンド効果がこの5年間に急速に伸び、昨年は3000万人の訪日客が来て、その伸び率の最たるところが大阪であり、その影響は、ミナミやキタの中心部の地価を異常なまでに上昇させ、都心のマンション需要と外国人向けのホテル需要が逼迫している。
この効果を如何にして、‘25万博に繋げ、その後も観光立国として官民一体となった取り組みが期待されるところである。
さらに、中国、台湾、韓国をはじめ東南アジア諸国、インド、といった発展途上国であった国々も経済発展が著しいが、日本もこれまで克服してきた公害対策や、地震対策、土砂災害対策等への取組や技術水準をこれらの諸国に紹介し、これまで以上に技術提供等を行うプレゼンの場として‘25万博が位置付けられれば、アジアの来訪者も増えるし、テーマである「いのち輝く未来社会のデザイン」が示されると思われる。
(4)ところで、トヨタは、2020年度から静岡県裾野市にある東富士工場跡地71haに自動運転車、室内用ロボット、スマートホームなどを備え、約2千人が暮らす街(コネクティッドシテイ)という「実験都市」を造るという。未来都市の実体験版で、私が‘70万博でイメージしていた21世紀の未来がやってくるということで、その完成が見ものである。
スマートフォン・スマートスピーカー(アレクサ、TVつけて!でおなじみ)の発達、ITからICT(情報通信技術)、IoT(モノのインターネット)の普及により、教育・医療・高齢者見守りシステム・物流等、これら高度技術の発達は、還暦を過ぎた私には「へぇー」としか言いようのない世界が現実となっている。
箱ものイベントの時代は終わっており、‘25万博は、その会場に何を私たちにプレゼンするのか想像もつかないが、日本の出生数が90万人を割り、出生数が死亡数を下回る人口の「自然減」も51万2千人と初めて50万人を超え、少子化・人口減が加速している中で、安心・安全で、希望に満ちた未来への提言を是非お願いしたいところである。
1匹目のどじょうは「モノの豊かさ」の享受であったが、2匹目のどじょうは、「ココロの豊かさ」の共有といったところか。‘25万博が成功することを期待したい。

4.おわりに
’25万博予定地の夢洲は、生活ごみ等の埋立地で、長いデフレ経済下で企業誘致もできなくこれまで塩付けされていた土地であるが、万博閉幕後の利用によっては大阪の明日の経済環境が激変するではないかと思う。
2020東京オリンピック・パラリンピックでは、建物施設はその閉幕後、たとえば選手村は分譲マンションに利活用される予定である。
今、IR誘致が取りざたされているが、すでに出来上がったパビリオンを温存し、IT企業の集積エリア、いわばミニミニシリコンバレーとして有効活用し、(仮称)大阪IT工科大学を創設して産学研究拠点とし、未来志向の先端技術を発信できれば大阪・関西そして日本が依然としてアジアのリーダーとして活躍できるのではないか。そうなれば地価は・・・。

(令和2年1月20日執筆)

2020年02月01日